旅 日 記


立山、上高地、新穂高


立山 2000年10月17日(火)


 あちらこちらから見ごろを迎えたと言う紅葉のニュースに二人とも何か落ち着かない。カミさんは月に一度の三連休。そこで黒部渓谷のトロッコ列車と立山への一泊旅行を計画し、日付が変わってから出発した。しかし18日の天気予報が良くない。まして前日に問い合わせたところ、黒部渓谷の見ごろは月末くらいだそうな。ならば先に立山へ行こう。

 深夜の国道を快走。立山ケーブルの駐車場にはようやく明るくなり始めた5時過ぎに到着。少し早すぎた? まあ途中で急に予定を変更したのだから仕方がない。7時発の一番ケーブルに乗り、美女平で高原バスに乗り換える。結構人は多い。

 8時30分、室堂到着。天気は晴れ。思ったより寒くない。雄山、剣岳、大日岳・・・壮大な景観を前にして40年ほど前、5月始めの連休にスキーを担いで登った時のことが思い出された。

 現在では室堂までバスで登れるが当時は弥陀ヶ原まで。ところが除雪が間に合わず、弘法小屋で下され、後は足だけが頼りであった。荷物だけは雪上車で弥陀ヶ原まで運んでくれたのが大助かりだと喜んでいたっけ。

 それが今では・・・この変わりよう・・・ただただ驚くばかりである。


 みくりヶ池、みどりヶ池をのんびりと散策。大きくて美しい、そして荒々しい山々を目の前にし、さわやかな風がなんとも心地良い。記憶にある景色とはまた違った立山がそこにある。雪山も素晴らしいものであったが、いかに紅葉のピークは過ぎているとは言え、さすが立山、これはこれでなかなかのものではないか。

 室堂ターミナルで小休止。40年前に来たときにはこのような立派なホテルはまだ出来ていなかった。黒四ダムがちょうど完成したころか。その後アルペンルートが貫通。世の中の進化は驚愕に値する。そして今なお加速しているように思われる。

 心はずむ雰囲気と青い空。それとおいしい空気。このままバスに乗るのも味気ない。ならば天狗平まで歩いて下りることにしよう。途中急な階段もあり、思ったより時間がかかったが、何度も休憩を取りながらゆっくり、ゆっくり。

 大きなリュックを担いで登って来る登山者。そうだ、ここは若かりしころに憧れ、槍ヶ岳、穂高岳をはじめ何度か登った山と一緒の北アルプスなんだ。40年前は私も重いリュックとスキーを担いで雪を踏みしめて登ったっけ。

 大きな音を立てて登って来る高原バスを見ていると、そんなことすら忘れている我が身がなぜか恐ろしい。当然室堂までならハイヒールで来ることができる。これで良いのか? いや現代に生きるものにとってはこれはこれで良しとしなければならないことであろう。

 やはり下りは足腰にこたえる。いや、ただ年とともに体力が落ちているだけ? それはまぎれもない事実だろうか・・・。

 周りの景色が清涼剤となり、ハイマツに負けじと必至に生きている小さな草や木や花に励まされ、ようやく天狗平山荘に到着。この天狗平山荘、その時一晩お世話になったが当時の面影は全くない。小さな木造の山小屋だったかすかな記憶があるが、今は立派な、いや立派すぎる建物ではないか。

 見上げれば険しくも美しい剣岳・・・やはり山は心を和ませてくれる。また40年経とうが何も変わらないものもある・・・と教えてくれているようだ。

 天狗平からはバスに乗り、到着した弥陀ヶ原は紅葉が真っ盛りで、こういうのを錦絵と言うのだろうか、まるで絵葉書の世界である。たくさんの色を使って製作した貼り絵のような見事に色づいた山々を愛でながら、弥陀ヶ原ホテルのレストランでおいしい昼食。これ以上ない贅沢に幸せを実感する。

 すっかり曇り空になった中駐車場からゆっくり歩くこと30分。見上げるほどの高さから流れ落ちる称名の滝は圧巻である。さすが日本一。風に乗ってふりそそぐ霧が、汗ばんだ体を心地良く冷やしてくれた。

 盛りだくさんの充実した一日の疲れがなんとも爽快に感じられる。予報通り小雨が降りだした。立山駅近くの安宿へ飛び込み、ゆっくりと体を休めることにした。


有峰湖 2000年10月18日(水)


 最近の天気予報は良くあたる。雨、雨、雨・・・それもしっかりと降っている。さて、どうする?

 当然、雨の黒部渓谷へ行くつもりはない。しかし、このまま帰るのも癪に障る。さりとてこの雨の中、行く当てなど全くない。途方にくれながら取りあえず車を走らせた。

 カーラジオは地元の局の情報番組が流れている。なに? 紅葉情報? 現在有峰湖が見ごろ? ちょうど目の前には有峰林道への案内標識。エーイ、ままよ〜、どっちみち霧で見えないだろうが、行っちゃえ〜。

 通行料金1800円。なぜか注意書きのパンフレットまでくれた。当然地図付き。これはなに? ゴミ袋?


 急カーブ、急勾配、落石など、危険な箇所が多くあります。次の四原則を守ってください。

 1. 制限速度 20Km〜40Km
 2. わき見運転の禁止
 3. ゆずりあい
 4. 通行禁止箇所への進入禁止


 どうもご親切様・・・。

 しかし単なる脅しではなかったのである。これはひどい道。その上工事中。それもまだ道作りの本格的な工事である。ほとんど地道。おかげで車はドロドロじゃん。ところどころで対向できず、待たされる。

 「こんなんで通行料金、取るんかいな。」

 とケチなおばはん、ブツブツブツブツ。


 有峰湖が近くなり、どうにか工事区間が終了。今度は快適な道。この落差、なんとしたことか。まだ雨は降っているが、霧は晴れてきた。見通しも良好。見えてきた山は見事に色付いているではないか。これは素晴らしい。来てみてよかった〜。

 現金なものである。今度はこの通行料金を安く感じてしまうのがなんとも情けない。これが晴れていれば・・・。それは贅沢? だが天気の良い日にもう一度走ってみたいものである。

 なに? この先折立? ちょっと待てよ。これも若かりし頃、夏に雲の平へ登山したときにバスでここまで来てるじゃん。そうそう、38豪雪の時の遭難事故で若者13人の命が失われた遭難慰霊碑があり、改めて気持ちを引き締めたっけ。その38豪雪の時には野沢温泉へスキーに出かけたものの大雪でリフトが動かず、スキーができずに麻雀ばかりしていたことも思い出した。そうか、この道路、そんなところだったんだ〜。


 大きな有峰湖の静かな湖面と見事な紅葉を眺めながら静寂の中車を転がす。対向車には全く会わなくなった。周りには誰もいない。ここまでになるとなんだか心細い。今度はお猿さんがお出迎え。鳥の鳴き声以外音は全く聞こえない。間も無く料金所。と言ってもおじさんが一人いるだけで通行券を確認するだけである。地図を頼りにそのまま奥飛騨へ下りることにした。

 道の駅上宝は定休日。時間はまだ11時。雨は上がったようだが・・・。電話で聞くと乗鞍スカイラインは通行止めだそうな。新穂高ロープウェイは霧の中だろうし・・・さて、どうする?

 取りあえずまだ霧にむせんでいる平湯のバスターミナルまで行って昼食をとることにした。さて、高山に寄って帰ろうか・・・だが、二人とも不完全燃焼のようで何か物足りない。聞けば明日は晴れると言うではないか。そうなると余計にモヤモヤ・・・いやムカムカしだした。

 「そや、もう一泊して明日、安曇野でも行かへんか?」

 「うん、行く行く。」

 ならばと松本へ向かうことにした。


 安房トンネルを通っても面白くない。かといって安房峠は霧の中だし・・・だが我が大蔵省は財布の紐がかたい。やむを得ず霧の中へ突き進んだ。視界はゼロ・・・。

 ところが安房峠に出ると雲の上に出たらしく、青い空に太陽がまぶしい。その上燃えるような紅葉・・・それにもまして目の前には真っ白に雪化粧した穂高の雄姿・・・最高の景色に出会えたではないか。

 これは夢ではなかろうか。昨夜からの雨は高い山では雪だったのだ。こんなに幸運なことはない。数台の車、人影も少ない。が、その全ての人が喜びをかみ締め、口元が緩んでいた。

 そうだ、明日は上高地へ行こう。


 平湯温泉に今夜の宿を確保。場所を変え、充分に穂高の雄姿を目に焼きつけ、上高地乗鞍林道にも足を伸ばして黄葉もたっぷりと味わい心も軽くチェックイン。温泉で癒され飛騨牛が口の中でとろけた。

 今朝の雨からこんな一日を誰が予想できただろうか。感謝、感謝・・・。明日の早立ちに備え、早々に就寝。


上高地、新穂高 2000年10月19日(木)


 車をホテルに置き、平湯6時30分の始発バスに乗り込む。さすがに乗客は3割くらい。バスは安房トンネルを通るからさすがに早く、わずか20分で大正池に到着した。上高地は夏山登山で何度か来ているが、いずれも河童橋から上で、大正池は車窓からの景色しか知らない。

 鏡のような水面のキャンパスに周りの景色を忠実に、それも逆さに描いている大正池が目の前にある。息を潜め・・・だが、わずかに漏れる吐息が揺らす静かな水面・・・朝日に照らされて輝く裸の焼岳・・・バス道から一歩踏み入れただけでこの世界である。早朝のさわやかな風とこの空気がもたらす雰囲気に早くも飲み込まれてしまった。

 雲ひとつない青い空、研ぎ澄まされた空気、そして雪化粧をしてそびえ立つ穂高連峰・・・これぞ上高地であろう。人が溢れる上高地など・・・と馬鹿にしていた若かりしころの我が身を反省・・・。

 年のせいもあるのだろうか? これで早くも十分に満足・・・そんな気持ちを断ち切り、改めて奮い立たせ、河童橋を目指して歩きだす。

 ほどなく到着した静かな林の中の田代池では霜で真っ白に化粧をした沼や木や草がひっそりとたたずみ、背後にそびえ立つのは六百山だろうか、その影がくっきりと映りこみ、まるで幽玄の世界である。

 苔むして、うっそうとした森を抜けると清流流れる梓川。この一時間はあっという間であった。

 やがて河童橋。絵葉書そのままの、真っ白に化粧した穂高に手が届きそうだ。

 正面には緑の林、そしてその先にはわずかに色付いた岳沢が広がり、その上には雪山に変身した穂高連峰がそびえ立っている。

 これが三段染めか〜・・・。紅葉がもう少し進めばもっと素晴らしいのだろう。

 出来ることならもう一度、北穂高小屋のテラスでさわやかな風を浴び、モーツアルトを聞きながら、おいしいコーヒーを飲んでみたいな〜・・・。


 ホテルに戻り、これで心置きなく帰途につける。しかし、しかしながらである。あまりにも良い天気だし、時間もまだ10時。また遊び心がうずきだした。

 乗鞍スカイラインはいまだに通行止め。どうやら今シーズンは終了になるらしい。ならば新穂高へ行ってみよう。

 ところが・・・駐車場がほぼ満車である。今日は平日、それも週の半ばだと言うのに・・・ロープウェイの待ち時間を聞くと30分ほどだと言う。その程度なら・・・と切符を買って並ぶことにした。だが、なかなか前に進まず、山の神、いや女王様は痛くお怒り・・・ついにはキャンセルして帰ると言い出した。でもせっかくここまで待ったのだし・・・と説得。結局1時間半も待たされた。

 ところが展望台へ登るとコバルトブルーの空と槍ヶ岳、穂高連峰、笠が岳など、360度の大パノラマが広がっているではないか。



 私はこの新穂高ロープウェイは三度目、山も結構見てきたが、実際これほどの青い空に出会えるのは珍しい。長時間並んだ甲斐があると言うものだろう。

 しかし・・・我が家の女王様は怒りがまだ治まっていないご様子。これは困った。召使としてはどうすればよいのか? オロオロオロオロ・・・。


 とは言えなすすべもなく・・・これで昨日のリベンジも果たせ、もう思い残すことはないだろ?・・・と帰途につく。古川町からは天生峠へ。急カーブの連続と急勾配、そして狭い道が続くが、これでも一応立派な国道である。私は山道が好きでこんな道もあまり苦にならない。しかし今は季節も中途半端なのか、景観は・・・?

 続いて白山スーパー林道へ向かった。頂上付近の紅葉は今が盛り。なのにいまだ少しだけ不機嫌なおばはん、

 「フン、たいしたことないやん。」

 観光バスから降りた乗客は大はしゃぎしていると言うのに・・・今回見てきた立山や上高地に比べてやるのも可哀そう? 高い通行料金がなぜかむなしい。

 勝山を通過。はや夕闇が迫っていた。


Back  Home