旅 日 記


立山 雪の大谷 2004年4月22日(木)


 この季節になると立山の雪の大谷の話題が取り上げられ、ここ3〜4年も前から一度行こうと言っていたのだが、その期間とカミさんの休日との兼ね合い、そして天候の壁にも阻まれ、いまだにその目的を果たせずにいる。どうせならピーカーと晴れた雪山を見てみたいし・・・。

 しかし今年は4月17日〜30日、5月6日〜30日と大幅に期間が延長されるそうな。これなら何とかなりそうかな? だがそんなに待つこともなく、早速そのチャンスがやってきた。22日のカミさんの休日には日本全国晴天に恵まれるとの予報。ならば出かけるか?

 これだけ北陸方面へ出かけているとどう走れば効率的かもわかり、親不知を往復したくらいだから当然日帰りである。とは言えここに来てさすがに今までのようにはいかなくなってきたかな? ばあさんが翌日仕事なら往復深夜行ではつらいだろうし、それより歳と共に運転の疲れも気になりだした。

 そこでばカミんは今回も一万円のハイウェイカードを買ってきてくれた。使える金額は10500円、それを有効利用するには? 行きより帰りに利用するとして富山〜瀬田東は6450円、ならば行きは曲がりくねった海岸線で距離の割には時間がかかる敦賀〜武生間で使おう。その料金は1050円で残りは3000円。

 武生からはほとんどバイパスを走れる。瀬田西〜敦賀間は2900円だが、もし魚津の蜃気楼が見られれば立山から魚津まで高速道路を利用したい。昨21日にはBランクの蜃気楼が発生したそうな。 その料金が600円。ならば金沢東〜立山間、1850円を利用したほうが時間的にも得策かな?

 我が貧乏旅行は考えなければならないことが多い。高速道路を往復利用してもたかが後2〜3000円のことだが、これをいかに切り詰めるか、いろいろ考えることも旅をする楽しみの一つであろう。


 予定より10分早い6時20分に立山ケーブル駅に到着。空は快晴、まわりには名残の桜も咲いているが寒さは全く感じない。そのせいか空の色が何だか白っぽい。

 早くも駅前の駐車場には7〜8割の車。急いで窓口へ。結構人は多いが車の量から想像したほどでもなく、7時20分発で登ることにした。室堂の視界は良好、温度は3度だそうな。

 改めて車に戻り出発の準備。ところが真冬用の厚いダウンジャケットしか持ってこなかった。いくらなんでもこれでは少し暑い?

 「ダウンや無うて、もうちょっと薄いジャンパーでええんとちゃう?」

 と来る前に言っていたカミさん、

 「せやから言うたやろ〜。」

 私は40年ほど前、4月の連休にスキーを担いで雄山に登った経験があり、その時の教訓から服装や日焼け対策など今回の準備をした。


 夜行列車と富山地鉄、ケーブルカーで美女平へ。現在は室堂まで道路が通じ、除雪もできてバスで登れる。しかし当時の道路は弥陀ヶ原まで、その上除雪が間に合わず開通していたのは弘法小屋までで、あとは足だけが頼りであった。弥陀ヶ原まで荷物だけは雪上車で運んでくれたが、その後は降りしきる雨の中、重いリュックとスキーを担いで天狗平山荘まで、それが一日目の行程。雨と霧にもかかわらず、たった半日なのに雪が照り返す強い紫外線で鼻の頭の皮が剥けたのには驚かされたものである。

 初日の雨は夜半には雪となり、二日目の朝、30センチほど積もった新雪を踏みしめて霧で視界がない中地獄谷温泉の房治荘まで登り二泊した。そうそう、真っ白な雷鳥に出会い、追いかけっこしたのも楽しい思い出である。

 三日目の朝、雲一つ無く晴れ上がり、今まで見たことが無い深くて真っ青な空の下、雄山へ登山。一面真っ白な世界と快晴の雄山頂上からの眺めは、いまだにまぶたに焼き付いて消えることはない。ただ登り下りでは凍った雪が青く光り、登山靴に装着したアイゼンすら跳ね返すほどの堅さには驚かされたっけ。

 それもそのはず、解放されていた無人の一の越山荘では5月、それも小屋の中だというのに温度計はマイナス10度をさしていた。その一の越山荘の土間で持参のガスバーナーで雪を溶かして作った温かいラーメンとコーヒー・・・これに勝るものはなく、ホッと一息。

 それが4日目には猛烈な吹雪。20数キロを滑って下りる予定だったがそれどころではない。それより下山をやめるように促される。だがそこはサラリーマンの悲しさ。仕事に穴を空けるわけにも行かず、勿論買っていたその夜の寝台車の切符ももったいない。

 半ば強引に出発したのだが突風に吹き飛ばされそうでスキーを履いていると逆に吹き上げる風が体を押し上げ斜面を登らせる。ついには滑るどころか歩くことも出来ず、立っていることさえままならない。

 視界は全くなく、あとは10メートルの間隔に設置されたポールだけが頼りであった。ついには同行の仲間も見えなくなってしまった。周りに人影は無く大きな声で叫んでも風がその声をかき消してしまう。たった一人、心細い気持ちを振り払い、懸命に次のポールだけを探し、這うように下りて行った。

 ここで死ぬわけにはいかない。大げさではなく本当に思ったことである。どれぐらいの時間が経過したのだろうか。やっとの思いでたどり着いた弘法小屋で仲間と再会。自然に涙がこみ上げ、抱き合って喜んだものであった。

 それほどまでにアルプスの自然とは恐ろしいものである。いかに若かったとはいえ、今思えばよくぞ無事に帰りつけたものである。到着した地鉄富山駅では早くも真っ暗闇、詰めかけた多数の新聞記者を振り払うのに苦労したことなど、今思い出すだけでも恐ろしい。

 また4日間で晴れたのは一日だけだったのに、三度も顔の皮が剥け、帰って鏡を見ると街中では見られたものでなく、恥ずかしかったことを思い出す。今ではその弘法小屋も房治荘も無くなってしまったが、甘酸っぱい思い出だけはいつまでたっても消えることは無い。


 ところが今日はジーンズにセーターで靴はスニーカー。仕方なく分厚いダウンジャケットを手に持ち、おにぎりとお茶、わずかなお菓子に雨合羽、カメラの三脚、それとタオルが入ったナップサックを背負い、帽子を被り、サングラスをかけてケーブルカーに乗り込んだ。スキーを楽しむ人は思いの外少ないようだ。ほとんどが観光客でほぼ満員である。

 美女平で高原バスに乗り換え。早くも薄汚れた残雪が見られる。出発して間もなく冬の光景に引き戻され、やがて周り全てが白一色に変わっていく。大きな薬師岳が美しい。

 弘法を過ぎ、やがて弥陀ヶ原。だんだん雪の壁が高くなり、周りの景観を奪っていく。大日岳、奥大日岳・・・やがて剣岳が姿を現してくれ、そしてついに雄山も・・・。いつ見ても晴れた雪山は何と美しいものなのか。隣のカミさんもうっとりと見惚れていた。


 やがてバスは雪の大谷を通過、8時30分立山室堂に到着。やはり外はかなり寒い。厚いダウンジャケットでちょうどよいではないか。

 40年も経ったというのに山々は目に焼きついているそのままの姿で迎えてくれた。いや、歓迎さえしてくれているようだ。いかに世の中が変わろうが、いかに立派なホテルが建ちトンネルを掘られようが、またこのきびしい環境には似つかわしくないたくさんの人が訪れようが、いつまでも変わらないものもある・・・と教えてくれている。


 雪の大谷は10時からのウォークを楽しむとして、まずはトロリーバスに乗り込む。雄山の頂上直下をくり貫いて作られた立山トンネル3.7Kmをトロリーバスは10分で通過する。この料金が2100円。日本一、いや世界一高い?

 バスを降り、大きな魚のウロコのような雪のトンネルをくぐり抜けたところが大観峰。カミさん、たっぷりと日焼け止めクリームを塗り、帽子を目深に被りマスクにマフラー、目には濃いサングラス、なのに慌ててタオルを取り出し顔を覆いだした。これではまるでこれから銀行を襲うギャングじゃん。だが私の忠告を素直に聞けばこうなるのも当然かな?

 目の前には後立山連峰の大パノラマが広がっていた。さんさんとふりそそぐ光が雪に反射してとても眩しい。だが残念ながら空の色と山々が白く靄って見える。これは欲張り過ぎか?

 眼下に見える黒部湖はまだ凍り付いている。遥か下にとても小さく見えていたロープウェイが近付くに従い、その大きさを鼓舞するように目の前を通り過ぎて行った。

ワイド写真

 そのロープウェイに乗り、黒部湖越しに見える赤牛岳、水晶岳も見てみたいが今日の予定はここまで。大パノラマを十分に楽しみ引き返すことにした。

 改めて室堂からゆっくりとその景観を楽しむ。晴れ渡った青い空に真っ白な世界・・・剣岳がまことに誇らしげである。

 雪の大谷は室堂ターミナルからバスが通る道の一車線、500mを歩行者に解放、思い思いに散策させてくれる。高い雪の壁が続き、空の色もだんだん青味が濃くなってきた。今年の雪の最高地点は16mだそうな。

 寒くは無いが、ダウンジャケットでも暑くは無く、たまに帽子が飛ばされそうな強風が吹きぬけ、少し歩くと息切れがする。やはりここは2390mの高所。空気が通常の70%位らしい。

 雪の壁と言っても地層のように筋が付き、それぞれ微妙に色も違っている。今年降った雪の歴史が刻まれているそうな。少し黄色くなっているのは黄砂が混じっていた影響らしく、青いところは暖かい日に雪が溶かされ、それが凍った後らしい。なんとも自然とは魅力ある演出をしてくれる。

 やがてその区間が終わると今度は大日岳、奥大日岳、剣岳、真砂岳、富士ノ折立、大汝山、雄山、浄土山と立山連峰の大パノラマが目に飛び込んできた。えもいわれぬ光景にカミさんも声が出ない。こんな素晴らしい雪山の姿を何の苦労も無く見せてもらって良いものだろうか。40年前のセピア色した思い出の画面をもう一度はっきりと目に焼き付けなおす。

ワイド写真

 室堂の駐車場ではブルドーザーが除雪作業のデモンストレーション。これであれだけの雪を掘り返すのか・・・と感心し、帰りのバスに乗り込んだ。

 立山駅から称名の滝を目指すが、落石のため近くまでは行けない。2000年の秋には水量が少なく、右側のハンノキ滝に水は無かったが、今回は角度の関係で称名の滝はわずかしか見えず、そのかわり豪快に流れるハンノキ滝がより勇壮に思える。

 魚津市観光課に電話。残念ながら今日は風が強く蜃気楼は現れそうに無いらしい。ならば滑川市のほたるいかミュージアムへ行くか?

 ホタルイカの生態や光を出す様をじかに見ることが出来る。だがその他はあまり興味のある所ではなく、それよりホタルイカのコース料理を食べてみたい。だが時間はまだ3時前。中途半端な上、ばあさんは富山へ来たからにはやはりお寿司らしい。

 「お寿司にもホタルイカはあるやろ。」

 なるほど、それもごもっとなこと・・・と富山のいき魚亭へ直行。少し早いおいしいお寿司の夕食とその後は当然のことのようにケーキ屋さんへ。菓子工房こうげんの静かな喫茶室でケーキとコーヒーをいただき、富山インターチェンジへ向かった。

 「やっぱり富山はええな〜。いっぺん住んでみたいな〜。」

 とカミさんポツリ・・・。


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