旅 日 記
大台ケ原 2006年9月4日(月)
例年のことだが・・・6月になると尾瀬ヶ原の水芭蕉の可憐な映像がテレビで紹介される。それを見ていたばあさんが突然、
「来年は尾瀬へ行くでぇ〜。」
と言い出した。なに? 尾瀬? 私も昔から行ってみたかったところではあるが・・・。だが車で簡単に・・・とはいかないところ。
「そんなことわかってるわ。歩いたらええんやろ?」
良く簡単に言いますね〜。まともに歩いたこともないお方なのに・・・。怖いもの知らず・・・とは貴女のことを言うようです。
ただ、そんなに険しいところではないらしい。1時間ほど歩けば到着し、後は平坦な道。それも木道が整備され、歩きやすそうだ。ならばあながち不可能なところではない?
となると少し鍛えなくてはならない。そこで毎日、朝の散歩と運動を始めた。これまでもできるだけ運動はしてきたが、目標があってのことではない。最初は20分も歩けば息が切れていたのに、最近では毎日1時間の散歩が日課になっている。
9月になってようやく少しは涼しくなり、ここ2〜3日安定した秋晴れが続くそうな。ならば一度腕試しにハイキングにでも行ってみますか?
と言う訳で向かったのが大台ケ原。40年近く前にばあさんと一度だけドライブに行ったことがある。ただその時は国道169号線の一部や大台ケ原ドライブウェイは舗装もされていなかった? 整備途中の吉野川沿いの国道と狭い山道をやっとの思いでたどり着いた狭い駐車場は雑然とした冴えない森の中で、歩くことなど考えずすぐに引き換えした記憶があり、そんなに良いイメージは無い。
奈良から約100Km。今は快適なドライブが楽しめる。2時間あまりの道のりであるが出発したのが7時30分。通勤ラッシュに合い、到着したのは10時30分になろうとしていた。
駐車場は海抜1571m。空はあくまで青く気持ちの良い秋の空で、そよ吹く風が心地良い。昔とは大違い、駐車場も広くてきれいに整備され、立派な大台ケ原ビジターセンターが建てられていた。
まずはそのビジターセンターへ。100円の地図を買い、コースを確認。日出ヶ岳までの往復の予定だが、案内の人は、
「こんなに良い天気だから、せめて正木ヶ原までは行ってください。」
とおっしゃる。そのコースならゆっくりと歩いても3時間くらいだそうな。
「まあ、日出ヶ岳で足と相談しますわ。」
次はトイレへ。係りの人がお掃除中で美しくお手入れが行き届き、気持ちよく用を足せる。協力金は100円だそうな。これは当然のこと。ところがばあさん、初めての経験に驚いた様子。
さあ、準備万端。10時50分、いざ、出発。地図によると日出ヶ岳へは1.9Km、約40分の道のりとある。
歩き始めると早速美しい緑の森の中へ。よく整備された道でとても歩きやすい。静かである。風もなく、物音は何もない。木々の間からは真っ青な青空が覗いている。その多くはブナの木だろうか。生い茂るクマザサ、いやこの大台ケ原では少し葉が小さくヒメザサと言うそうだが、その葉が木漏れ日に輝いていた。
古くなって倒れた大木に驚くばあさん。また大木に絡まる蔦や、まるで芸術作品と見まがうような折れ曲がっても生きている木、その木の根っこや切り株を覆うみずみずしい苔などなど、見るもの全てに興味津々である。まあ、本格的な山へ入ったのは初体験のことゆえ、当然と言えば当然かな?
森の中の雰囲気をたっぷりと楽しみながら平坦な道をのんびりと歩く。20分ほどで中間点の標識。沢には美しい水が流れ、ばあさんはその冷たさに驚いていた。
ここまで見かけた人は数人ほど。いくら好天だとは言え平日のこと、その上季節も中途半端かな?
間もなく登りに差し掛かった。良く整備された階段状の道をゆっくり、ゆっくりと。さて、ばあさんの膝は大丈夫だろうか。後ろを振り返り、確認しながら登ってゆく。
いかに年を取ったとは言え、ここは経験者。それに少しは運動していたおかげで、まだ余裕たっぷりである。
やがて尾根道に出たようだ。標高は1637m。なに? あれは海か? 熊野灘、尾鷲方面だろうか? こんなに近く見えるの?
少しもやはかかっているものの、はっきりと見えている。これは驚いた。そして感激である。これだけでも来て良かったと実感。
さて最後の登り、あと300mとの標識。急な登りではあるが、木道の階段が設置され、歩きやすい。
ようやく1694mの日出ヶ岳頂上に到着。時間は11時40分。1時間を予定していたからまずまずと言うところ。幸運にも鹿の家族がお出迎え、疲れも吹っ飛んだ。
まわりは360度、絶好の展望台である。北には大峰の山並み。なに? 生駒山まで見える? 東は中央アルプスから南アルプスの仙丈岳、天気次第では富士山も望めるそうな。
南には熊野灘が広がり西には正木峠。涼しい風が吹きぬけ、汗ばんだ体を冷やしてくれる。
展望台の下には立派な休憩所があり、ゆっくり、のんびり・・・。そしてばあさんが今朝にぎってくれたおにぎり、これは応えられない。梨のデザートも結構なもので・・・。
ばあさん、ごろんと横になり、
「気持ちええわ〜。」
汗が乾くと涼しいのを通り越し、少し寒さを覚える。半袖のTシャツの上に長袖のブラウスを羽織り、これでちょうど良い按配である。
さてどうする? 来た道をひき返す?
手に取るように見えている正木峠・・・登りの木道が手招きをしている。
「こんなええ気持ちやで〜。せやのにこの先へ行かん手はないやろ。私は大丈夫やし、行こ。」
今度は300mの急な階段を慎重にゆっくりゆっくり。周りは目に優しい緑一色、遠くに見える山並みと共に楽しみながら下ってゆく。
正木峠までは思ったほどの急勾配ではなく、歩きやすい木道が続いている。距離は500m。途中、少し紅葉しかけた木が一足早い秋を感じさせてくれた。
標高1680mの正木峠では銀色に輝く倒木や枯れた木が織り成す姿に圧倒される。正にこの世のものとは思えず、なんだか不思議な光景である。
どうしてこんな風景になってしまったのかと言うと・・・。
その昔は鬱蒼としていた森が1959年(昭和34年)9月16日、紀伊半島に上陸した伊勢湾台風により沢山の木が倒され、明るくなった地面をササがおおうようになり、ササを主食とする鹿が増え、増えた鹿が木の皮をはがして枯れさせたそうな。
正木峠から正木ヶ原までは700m。木道が整備され、熊野灘を眺めながら、設置してある休憩用のベンチで休憩を取り、のんびりと下って行く。周りには枯れた木の芸術作品が並べられているようだ。
正木ヶ原でも運良く鹿と遭遇。今度は木道がなくなり、石がゴロゴロとした歩きづらい山道が尾鷲の辻まで400m。横たわる大きな蛇にばあさん、思わず悲鳴をあげた。
尾鷲の辻からは中道をビジターセンターのある駐車場まで1.9Km。森の中の緩やかな登りの良く整備された道で歩きやすい。2時50分、駐車場到着。
お昼をゆっくりして、ちょうど4時間。何とか無事歩き終え、ほっと胸をなぜ下ろす。
ちょうど良いハイキングコースなのだろうが、何分足腰の弱った我々年寄り夫婦にはちょっとした山登りであった。特にばあさんは初体験。良く頑張りました。少しは自信がついたかな?
「これやったら今度は今日行かへんかった大蛇ーへも行って見たいわ。」
おいおい、すごいことをおっしゃいますね〜。ならば次回、ご案内いたしましょうか?
今日使ったお金は? おにぎりとお茶と水を持参したから、ガソリン代を除けば地図代、トイレ代、そして缶コーヒーで600円ほど。やはり山は安上がりだし健康的だし、良いものである。
さて、尾瀬ですが・・・。この先、ばあさんの望みが叶えられる日は来るのでしょうか? 神のみぞ知る?
旅のアルバム 大台ケ原
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