旅 日 記

八幡平

2002年10月6日

 長年の夢であった東北への旅がようやく実現しようとしている。車の整備も済ませ、準備万端。期待と長距離運転への少しばかりの不安が入り混じった複雑な気持ちを乗せ、5日の夕方4時前に出発した。瀬田東から名神高速、北陸道を利用。聖篭新発田インターチェンジからは国道を日本海に沿って北上し、早朝の鳥海ブルーラインを経て秋田、能代から鯵ヶ沢を目指す1050Kmのロングドライブの予定である。

 今回は珍しいことに7月末、全ての宿泊先を予約。カミさんも8日間の休暇を申請。ハイシーズンのため安全を期した。日程も12日〜14日の三連休を避け、その前後どちらにするか大いに悩んだが、私なりにいろいろ問い合わせもし、この予定にした。

 紅葉の最盛期に出会うことは至難の業。八甲田山は10日前後、十和田湖は15日〜20日、八幡平は? そこで観光協会へ問い合わせ。「どちらかといえば連休前をお勧めします。」 だそうな。 ならば、2対1で連休前か?

 しかし早めの予約はリスクも大きい。案の定6日、日曜日までの天気は何とか持ちそうだが、月曜日から水曜日までの予報が良くない。なんだか不安の多いスタートである。

 尼御前サービスエリアで夕食。車の量も少なくきわめて順調。新潟県に入り、米山サービスエリアでガソリン補給と休憩、仮眠。 だが今日は少しも眠気を覚えない。やはり気が張り、興奮状態なのか? 出発前も昼寝をするつもりだったが、ほとんど眠れなかった。

 眠れないとなるといろいろな考えが頭の中をよぎっていく。このまま走れば早すぎて夜明けの鳥海ブルーラインを走るにはだいぶ時間調整が必要になってくる。ならば天候のこともあり先に八幡平に行けないか? だが明日は日曜日。早朝に着かなければ車が混むことが目に見えている。道路時刻表を開き、急ぎ時間を計算。朝の9時前には八幡平に着き、夕方5時には鯵ヶ沢に到着できそうだが・・・。

 最終的には女王様の判断に任せることにした。のんびりと日本海を眺めながらのドライブか? それとも少し強行軍だが八幡平の紅葉見物か? 彼女は後者を選択。そうと決まれば先を急がねばならない。

 あの綿密に立てた計画はなんだったのだろう。やはり我々の旅は行き当たりばったり? きっちりとした旅行計画など必要ではなく、また似合わない?

 高速道路の終点、聖篭新発田インターチェンジから本庄市まで道路時刻表では4時間14分とあるが、深夜の国道は通行量が少なく、土曜日のせいかトラックもあまり見かけない。幸いにも庄内ナンバーの乗用車が途中までかなりのスピードで先導してくれ、必死に追走。なんと3時間35分で到着したではないか。

 本庄市からは国道7号線を離れ国道105号線で内陸へ。車にはほとんど会わなくなった。明かりも少なく空に輝く無数の星。大曲、角館を経て夜が白み始めた抱返り渓谷に到着。時計は5時15分を指していた。

 周りが明るくなるのを少しばかり待って車を離れた。空には雲が多いがあまり寒さは感じない。当然ながら人影はなく、熊に注意!・・・の立て看板に少々ビビリながら10分ほどの赤い吊り橋まで歩く。

 そこから見える抱返り渓谷は静寂の中、流れる清流が雄大な森に包まれ、なんとも素晴らしい雰囲気ではないか。まだまだ紅葉には程遠いが、緑が溢れる眺めも見ごたえ十分。かなり奥まで遊歩道が続いているらしいが、その余裕はない。抱返り神社でこの旅行の安全と紅葉の時期にまた訪れることができるように祈願して先を急ぐ。

 田沢湖町から八幡平へ向かって間もなく赤い旗を振った警察官に停車を命じられる。なに? こんな朝早くから取り締まり? しまった、何キロオーバー?

 「おはようございます。ご旅行ですか?」
 「はい・・・。」
 「お気をつけて楽しんで来て下さい。」

とタオルを二本もくれた。我が心臓バクバク。昨夜から国道をぶっ飛ばしてきた我が身にはあまりにもタイミングが良すぎる。

 玉川ダムを過ぎると少しずつ色付き始めた木々が目に付きだした。道路際のところどころに止めてある車があり、これはきのこ狩り? そう言えば先ほど貰ったタオルには、

 「お土産はたくさんの収穫よりも無事のお帰りを・・・角館地区山菜採り事故防止協議会」

と記されていた。なるほど、納得。朝早くからご苦労様でした、おまわりさん。そしてありがとう。無事に帰れるよう安全運転を心がけます。少し反省。

 玉川温泉を過ぎ、高度が増すにつれ紅葉が山全体に広がってきた。通行量はまだ多くない。これ幸いと何度も車を止め、素晴らしい眺めを堪能する。

 やがて八幡平アスピーテラインへ。曇り空だが見通しは悪くない。まわりの木々が色付き始め、その先には遥かな山並み。その景観は正に雄大そのものだ。ところどころで硫黄の臭いとともに温泉の蒸気が吹き上がっている。

 登るに従い黄色のブナ林から濃い緑の青森とど松に変わると八幡平アスピーテラインは秋田県から岩手県へ。

 ほどなく八幡平山頂駐車場に到着。まだ車も人影も少ない。時間は8時10分、係りのおじさんが出勤したところらしく手には箒を持っている。現在は標高1000m辺りまでが紅葉の見ごろらしい。

 かなり強い風が吹き少し寒い。だがさらに上を目指して登っていく人がいる。八幡沼などを巡る1時間30分ほどのハイキングコースがあるらしいが、我々にはこの強風の中へ飛び出す勇気はない。

 よく見ると青森とど松の木や枝や葉の全てが風にあおられて同じ方向を向き、樹氷と同じようなえびの尻尾のようになっている。如何に苛酷な自然環境であるか、想像を絶するものがあるのだろう。

 引き続き八幡平アスピーテラインを岩手県側へ下ることにした。深くて広い雄大な谷の遥か彼方に岩手山の大きな山裾が広がっているが、山の半分は雲の中。その谷にはベージュの絨毯を敷き詰めたような草原や緑と黄色のまだら模様の林、ところどころには沼の水が光り輝き、とても変化に富んだ景観が広がっている。

 目の前のなだらかな山には色鮮やかな紅葉。いろいろな色に染められた美しい木がバランスよく点在している。まるで緑のキャンバスに貼り絵を施したごとく、とても素晴らしい。これはいくら見ていても見飽きることはない。

 東北自動車道の松尾八幡平インターチェンジが案外近いらしく、登ってくる車がだんだん多くなってきた。御在所の駐車場には早くもたくさんの車。さすがにここまで下って来るとあの強風も治まり、とても穏やかである。

 見上げた御在所スキー場の紅葉。もう何も言えない。これ以上どんな色の絵の具を足せと言うのか、いやその必要はない。それが日の光に輝いている。もう最高! このまま夕暮れまでボ〜っと眺めていたい気分である。

 レストハウスの前には売店が並び、いい臭いが客を引き寄せている。こういうものには目がない女王様。早速フランクフルトソーセージ、おはぎ、ジャガバターにソフトクリーム・・・。ん? それって何かバラバラじゃん!  だが、なにをどう食べてもこの景色、この空気。まずいわけがない。

 松川温泉を経て今度は樹海ラインを上り、再び山頂を目指す。樹海ラインの紅葉も負けず劣らず見ごたえ十分。その上こちらには渓谷も見られ、流れる清流がなお一層爽やかな雰囲気を醸し出している。

 山頂近くの籐七温泉の辺りはあちらこちらから湯煙が吹き上がり、硫黄の臭いも充満し、かなり鼻につく。そのせいだろうか? 青森とど松の群落はすっかり枯れ果て、残された白い幹だけの姿がなんとも物悲しく、哀れさえ覚え、自然の節理の厳しさを教えてくれている。

 さすがにこの時期、そして日曜日、山頂の駐車場は満杯で周辺には車が溢れていた。

 さて後生掛温泉で一風呂浴びることにしよう。駐車場から溢れた車が道路まで止めてあったが運良く温泉のすぐ前から出ていく一台の車、ラッキー! まずは後生掛温泉自然研究路を散策することにした。

 ここでも湯煙と硫黄の臭いが漂い、温泉が湧き出している沼や黄色に変色した岩肌など火山地帯ならではの荒涼とした風景に自然の営みの偉大さを実感。

 石楠花茶屋で買った黒い温泉卵。名物らしいが中身は同じ?



 温泉は長屋のような建物と古びた湯船ながら少し濁ったお湯はとても心地良く、徹夜運転の疲れも汗と一緒に吹っ飛んでゆく。打たせ湯や露天風呂などをゆっくり、ゆったり、のんびり、ほっこり。

 汗を拭き拭きカミさんを待つ。だがなかなか出てこない。かれこれ20分も待っただろうか? 汗もとうに引いてしまった。何か異変でもあったのか? 女風呂もかなり出入りは多いが・・・まだ姿は見えない。また10分ほど経過。

 いよいよ辛抱たまらず係りのおばさんに中の様子を見てもらうように頼んだ。おばさんが中に入るのとほぼ同時に我が家のおばはんが出てきたではないか。さっぱりとしたのんきな顔、そして満足げに。

 「あんまり心配さすな!」 
 「そんな長ご入ってたか?」 

 悪びれた様子も反省の言葉も全く無い。なに? 肩の凝りも取れた? よう言うは・・・。おばさんや周りの人に平謝りして退散退散・・・。道路に止められた車の列は一段と長くなっていた。

 変化に富んだ大自然と個性豊かな紅葉。それと東北らしいひなびた雰囲気溢れる温泉。雄大な八幡平に身も心も魅せられ、すっきりと心も晴れやかに、なお北を目指す。

 鹿角八幡平インターチェンジから東北自動車道を利用。花輪サービスエリアで稲庭うどんの昼食。比内鳥スープとも相まって、これがたまらなくおいしい。

 大鰐弘前インターチェンジから弘前市内へ。カミさんはガイドブックでケーキ屋さんを見つけてしまった。弘前まで来てケーキ?

 初めての土地、それに小さな地図では簡単にわかるわけがない。ウロウロウロウロ。やっと見つけたパリ亭でケーキを買って戻ってきたカミさんは若い女性の店員さんの応対振りが爽やかで感じが良かったらしく、感心を通り越し、むしろ感激すらしていた。

 少し時間をロス、岩木山へ急ぐとしよう。弘前城を右に見て岩木川を渡るといたるところリンゴの木、それも皆たわわに実っている。車の窓から手を伸ばせばいくらでももぎ取れそう・・・。淡いローズピンクのリンゴがとても愛らしく、まるで木に咲いた可愛い花のようだ。曇り空にうっすらと大きなおいわきやまが見えている。

 登りに差し掛かり、岩木山観光りんご園を過ぎるとりんご畑やさとうきび畑が広がるのんびりとした雰囲気の高原へ出た。今度はさとうきびを焼いている売店が並び、香ばしい香りが漂っている。

 津軽岩木スカイラインは急な登りとカーブの連続で、チェンジギアはセコンドでも目一杯のことも多い。ブナや雑木林の中、高度はどんどん上がってゆく。雲がだんだん厚くなり、景色はぼんやりとしか見えない。木々の色付きも濃くなってきたが、濁ったような茶色で空の雰囲気に合わせたように何だか地味?

 終点の八合目の広い駐車場に止まっている車は20〜30台ほど。強風が吹き荒れ、流れる雲に山頂が見え隠れしている。九合目までのリフトが動いてはいるが、我々にはトイレを済ませ、温かい缶コーヒーを買うのが精一杯。見えている食堂でコーヒーでも飲みたいが、それが出来ないわけがある。いかに厚かましい大阪のおばちゃんでも持ち込みはできない?

 見晴らしの良いところに車を移動。車内の特設喫茶店でケーキ付きのコーヒータイム。パリ亭の箱からはおいしそうなケーキが四つ。いつものことながら当然のようにおばはんが三つ。その上人の分まで取りに来る。

 なに? このケーキなら毎日でも食べたい? ケーキだけが目的で弘前までは来れないだろ? だがこの鬼ばばあのことである。なにを言い出すかわからない。窓からの眺めは相変わらず冴えない。

 山、小川、田んぼ、それと畑。これぞ確固たる田舎の田園風景である。奈良も昔はこのような風景であったっけ・・・などと感傷に耽っているうちに鯵ヶ沢到着。時間は4時20分。おおむね予定通りである。

 夕日が美しい千畳敷まで足を伸ばしてみるか? 市内を抜けるとイカのカーテンが現れた。イカを吊るして干してある姿がカーテンに見える? そう言えば・・・? 海岸通りにたくさんの小屋が並び、イカを焼くおいしそうな臭いが鼻をくすぐり、食欲をそそる。思った通りこれはうまい。食事前でなければもっと食べたいところだが・・・。

 日本海にしては波は穏やかなほうなのだろうか、しかし雲は厚く、夕日は望めそうにない。今日の最終目的地に着いた安堵感からか急に疲れも覚える。無理は避けて引き返そう。

 高台に建つまだ新しいホテルグランメール山海荘の部屋からは海も空も同じような色に見え、境目が良くわからない。30分ほど熟睡。

 レストランで海の幸一杯のおいしい夕食。新鮮なあわびに風呂上りの生ビール。これに勝るものはない。

 「ちょっと飲みすぎやで〜。」
 「あんたはケーキをあんなけ食べたやん。」
 「ケーキとビールは違うやろ。」

 と、勝手にオーダーストップ。それはないだろ? トホホ・・・。

 給仕をしてくれた30歳くらいの青年の風貌と言い物腰と言い、そしてしゃべり口調と言い、どこかご当地出身でばあさんがご贔屓であった舞の海関にそっくりで、ほんわかと良い雰囲気にしてくれる。飲みすぎたのはあなたのせい?

 充実した一日目が終わり、深い眠りについた。

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