旅 日 記


千畳敷カールから栂池へ


千畳敷カール 2006年10月3日(火)


 まもなく秋本番を迎え、紅葉のシーズンが始まる。 日本人なら春は桜、秋は紅葉だろう。 当然のことだが紅葉は北から、そして高い山から始まる。 まず北海道の旭岳だろうが、我が家のばあさん、飛行機には絶対乗らないお方、それゆえ簡単に行けるところではない。

 日帰り圏内で一番早い紅葉スポット、それは信州、駒ヶ根市の千畳敷カールかな?

 2002年の4月に高遠の桜を見に行った帰りに登ったことがあるが、まだ真っ白な厳冬の世界であった。 それ以来、夏のお花畑、秋の紅葉にも魅力を感じていた。

 ならば今年こそ出かけようではないか。 見頃は9月末から10月始めらしい。 聞けば平年なら5日くらいには雪が降るそうな。 ならば紅葉もそれまでかな?

 ばあさんは3日から3連休、しかし前日まで長く続いていた秋晴れが一転して雨模様。 それも秋雨前線の影響で長く続くらしい。 仕方がない、今年も諦めよう。 ところがこの時期の天気は変わりやすく、3日には・・・なに? 晴れる? これはラッキー、よ〜し、行くぞ〜。

 せっかく行くのなら千畳敷だけではもったいない? そこでいろいろネット検索。 上高地は少し早そうだ。 もっとも涸沢まで登れば最盛期だろうが、それはもう無理な話・・・いや可能かもしれないが休みが三日では・・・。 ならば乗鞍岳? いや、八方尾根、栂池方面は?

 天気予報が時間を経るごとにめまぐるしく変わってゆく。 10時には一日中晴れの予報だったのに14時には曇りから晴れへと変わり、ついには一日中曇りとなってしまった。

 さてどうする? せっかく行く気になっていたのだからダメ元で行ってみるか? 夕食後、なんとなく一応お泊りの用意もして準備を始めたばあさん。 どうやらその気らしい。 いつものこと、慣れたものである。 それを横目に私は9時に就寝した。


 出発は1時45分。 少し早くない? いや高速道路の深夜割引のため4時には彦根インターチェンジ、または八日市インターチェンジを通過しなければならないのだ。 やはり3割引は大きい。 空にはお星様の姿が全く見当たらず、不安いっぱいのスタートである。

 夜明けの空は雲が覆い、駒ヶ根インターチェンジが近くなるととうとう霧雨が降りだした。 ようやくお目覚めのばあさんと駒ケ岳サービスエリアで思案する。 ネット割引を利用しても一人3420円かかる。 登ってみたは何も見えなかったでは洒落にならないだろ?

 しかし何分2600mを超える世界。 雲の上に出ると雲海を眺めながら真っ青な空・・・と言うことがあり得るのも事実。 しかしそんなにうまく行くことはないだろうし、願望だけで判断できない? ならば諦めて引き返すか? 大いに悩んだが最後はばあさんの鶴の一声。

 「ここまで来たんやから、もうどうでもええやん。 つまるところは7000円の問題やろ?」

 さすが我が家の太っ腹大蔵大臣。 そうと決まれば迷うことはない。 サービスエリアの売店でおにぎりを買い、急いで車を出した。


 6時30分、菅の台到着。 この先千畳敷カールへはバス専用道ゆえ、早くも駐車場にはかなりの車が停まっている。 バス停にも人が並びだした。 7時12分の始発にはまだ40分もあるのに?

 だがバスに乗れてもロープウェイの問題がある。 ここは並ぶのが正解だろう。 ところが行列は時間とともに増え、瞬く間に長くなり7時前には臨時バスを出してくれたではないか。 今日は火曜日。 平日でこれ? 休日ならどうなる?

 バスが高度を上げるに従い雲の中へ突き進んでゆく。 なんだか不安。 しかし、しらび平に到着すると雲は消えていた。 ロープウェイは7時50分の初発臨時便に乗車。

 しばらく登ると真っ青な空と宝剣岳の岩山が目に飛び込んできた。 周りを見渡せば燃えるような紅葉、眼下には素晴らしい雲海・・・。

 「誰や、引き返そて言うてたんは。」

 お互い責任をなすり合う馬鹿夫婦。 なんともはや・・・。

 改めて千畳敷ホテルの裏から雲海に浮かぶ南アルプス連峰を見てうっとり。 富士山もうっすらと顔を覗かせてくれている。 雲が滝のように流れる様子に感動。 これほどの幸せな時間はない。 思い切って来て良かった〜。

 もちろんそれだけではない。 この世のものとは思えない景観が目の前に広がっている。 はてここはどこ? スイス? カナダ? もっともそんな国のことなど全く知りませんが・・・。

 これが日本の秋の姿なんだろう。 日本人で良かった〜。 さあリュックを担いで出発だ〜。

 だが待てよ、やはりだいぶ寒い。 持って来たズボン下を狭いトイレではき、着ていたベストをジャンパーに着替えてちょうど良い。

 「せやから言うたやろ。 持ってきて大正解やん。」

 実はズボン下を持ってきたのはばあさんの強い助言だったのである。 これではどちらが登山経験者かわからない? いや、全く・・・これは面目ない。

 まずは駒ケ岳神社へお参り。 なんじゃ? 何か動いている。 イタチ? リス? テン? まさかオコジョ? 素早い動きにカメラが追いつかない。 しばらく目の前を行ったり来たりしてくれていたが、間もなく草むらへ消えてしまった。

 遊歩道は一周約40分だそうな。 見上げれば真っ青な空に秋の雲、宝剣岳を中心に見事な岩山、そしてその岩に必死にへばりついている色付いた小さな木々と鮮やかな緑色のハイマツ・・・。

 目の前にはゴロゴロと大小さまざまな石や岩が転がり、その間には働き終えた高山植物がその最後を秋色に染めて輝いていた。 チングルマの綿毛がこのあたりに大群落があったと教えてくれている。 ここは幻想の世界ではなかろうか。

 キョロキョロキョロキョロ、周りの景色を楽しみながら、また写真を撮りながらゆっくりゆっくり下っていく。 我々とあまり変わらない小さなリュックの人たち、大きなリュックを担いだ登山者にも・・・どうぞどうぞ、お先にどうぞ・・・。 雲海はまだ消えていないようだ。 このお日様の力でも? それとも天気に関係あるのかな? ちょっと不思議・・・。

 やがて登山道への分岐点に差し掛かった。 大きなリュックを背負った彼らは当然のように八丁坂へ。 結構な急勾配の登山道を見上げると、連なって登ってゆくたくさんの人の姿が小さく見えている。

 「こんな坂、なんでもないやん。」

 先日大台ケ原へ登山、いやハイキングに行き、少しは自信もついたのだろうか。

 「ちょっと登ってみぃ。」

 20mほど歩いてみたばあさん、

 「こらあかん。 ゴロゴロした岩ばっかりやん。 うちの手には負えん。 こないだは木道の階段やったで〜。」

 「こんな坂を40分くらい登ったら宝剣小屋や。 そこからやったら駒ケ岳が見えるんやろ。 簡単やん。」

 「いや、もう遠慮しとくは。」


 「次のロープウェイは9時40分発です。 お乗りになる方はお急ぎください。」

 ちょっと場違いな案内の声が響き渡っている剣ヶ池にようやく到着。 出発したのが8時20分頃だった。 ここまで1時間以上かかったの?

 「あ〜、腹減った〜。」

 ベンチに腰をかけ、見事な眺めをおかずに買ってきたおにぎりをほうばる。 これ以上の贅沢はない。

 なんとも幸せな至福の時間・・・もう最高!

 ロープウェイ乗り場のあるホテルがすぐ近くに見えている。 ここからは急勾配だが10分ほど登ればよいそうな。 この千畳敷カール、最後まで楽しませてくれ、雲海までも・・・。

 登りはこれだけだから比較的楽な遊歩道だし、我々二人が山歩きを楽しむにはもうこれしかない? 今度はお花畑の時期に是非来たいものである。


 なに? ガス? それもだんだん濃くなってきた。 少しのんびりしすぎたようだ。 ならばお暇するとしよう。

 昨日訪れた人たちは全く視界がなかったそうな。 こんな高いところへ簡単に来ることができるのは素晴らしいことだが、ここは標高2600mを超える中央アルプス、あなどってはいけない。

 10時40分発のロープウェイはやがて雲の中へ。 そうか、これが雲海の中なのか。


 お昼少し前、菅の台の駐車場に到着。 さてどうする? これから乗鞍にせよ、八方栂池方面にせよ、登るには時間がなさ過ぎる。

 ちょっとゆっくりしすぎたようだが、それは仕方のないこと。 あれだけの景観を目の前にしながら、そう簡単には引き返せないだろ? ならば帰るとしよう。
旅のアルバム 千畳敷カール


 突然ばあさんが、

 「次はマツタケや。」

 と言い出した。 実は昨日、ネットで検索していた時に、

 「栂池でマツタケを食べさせてくれる宿があるんやて〜。」

 と言ったのは事実。 しかしまさかそんなことを言い出すとは思いもしなかった。 その上栂池はほとんどがスキー宿。 その昔、何度か行ったことはあるがそんなに良い宿泊施設などなかった?

 それよりその近くならもっと良い宿もある。 家族でスキーに行った思い出のホテルもあるじゃん。 しかし言い出したら後には引かないお方。 マツタケと聞いては黙って帰れない?

 「せやけどその宿のことや内容なんか、なんも知らんで〜。」

 と言っている間に電話を取り出し、予約をしてしまった。 ならば仕方がない。 明日も天気は良さそうだし、栂池自然園の散策にでも出かけますか?

 しかし紅葉にはまだ少し早そうだし、どうせ今日の千畳敷カールと比べられ、また愚痴を聞かされそうでなんだかいや〜な予感・・・。

 だがそうと決まれば時間はたっぷりとある。 ならば今年開通した権兵衛トンネルでも走ってみますか。


 伊那と木曽は高い山に隔てられ、近くて遠い存在だったそうな。 その中、権兵衛峠越えは伊那と木曽をつなぐ唯一の道路だったが、とても難所であったそうな。 それが今年の2月に待望のトンネルが開通、これは住民の永年の夢だったそうな。

 トンネルの手前で林に囲まれた古いお蕎麦屋さんを発見。 ばあさん、信州蕎麦で昼食にしようとUターンを命じた。 でも、さっきおにぎりを食べたところじゃん。

 「ここまで来たらやっぱり信州蕎麦は食べなあかんやろ。」

 なんともはや、食べ物には貪欲なお方である。 その店は 「こやぶ竹聲庵」。 だが、うどん党で蕎麦音痴な私にはその味を語る資格はない。


 北を目指し、塩尻北インターチェンジから長野豊科インターチェンジまで高速道路を利用。

 なに? 今度はわさびソフト? そのためだけにわざわざ大王わさび農場へ? ところが伊豆で食べたわさびソフトよりわさびの味が薄いと不満顔。 そんなん知るかい!


 信濃大町付近は様変わりしていた。 何度も走った道なのに全く思い出せない。 やがて木崎湖の標識。 なに? 右折? 木崎湖は左にあるはず。 そこで旧道へ回ってみた。 そうだ、この道じゃん。 なんだかうれしくなり、ホッ!

 4時過ぎ、「ホテル白馬ベルグハウス」 にチェックイン。 栂池も大きく変わっていた。 昔とは比べ物にならず、一つの大きな町のようだ。 当時は宿泊施設以外、何もなかった。 もっとも30年〜40年も前の話だが・・・ならば当前かな?

 この日のホテル白馬ベルグハウスは我々だけらしい。 なに? 貸切? これは申し訳ないことをした。 電話をしなければゆっくりお休みできた? この時期、それも平日のこと。 やはりメインはスキー客だろうか?

 このあたりでは一番歴史のあるホテルだそうな。 私たちの初孫と同じ誕生月の可愛い女の子を子育てしながら奮闘されている素敵な若い女将さんが笑顔でお出迎え。

 さてマツタケ料理だが、なに? 満腹で動けない? 当然のことだろう、私の倍は食べた? いや、これは最近、私が食事の量を減らしてることもあり、食べてもらったのは事実。 しかしそれにしてもすき焼きのお肉やマツタケがいかにおいしかったとは言え少し食べすぎだろ? なに? 体重計に乗るのが怖い? そんなん知るかい!

 ホテルはお風呂とか設備とか少し注文をつけたいところもあるが、スキー宿にしては立派過ぎる。 部屋も広いし食堂の雰囲気も良く料理も満足できたからお薦めだろう。 静かな夜に癒され、爆睡。


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