旅 日 記
美ヶ原 安房峠
2003年10月17日
美ヶ原、朝の5時、カーテンを開けるとほんのりとした明るさが満天のお星さまをかき消している。目の前には白い絨毯。雲海? 外には早くも人の姿も見られる。
カミさんを起こしてしまったらしい。
「大丈夫や。私は部屋から見るさかい行ってきぃ。」
あわてて身支度をして飛び出すとホテルの前の小さな広場には十数人の人がカメラを構え、日の出を待っていた。予定では5時40分ごろらしい。出たときには感じなかったが10分もジッとしていると寒さが身にしみてくる。今日は何度くらいだろう。昨日の朝はマイナス4度であったそうな。
徐々に明るくなってくると見事な雲海が浮かび上がり、雲の端が地面に沿って谷へ向かって流れ、幻想的な世界を演出している。 遠くにはまだ黒い富士山の姿。 やはり北アルプスから見たものよりかなり大きい。
雲海の上に出る朝日は予定より15分ほど遅れ、ようやく雲が輝きだした。上空に雲は全く見られない。真っ赤な太陽が顔を覗かせたそのときカミさんも飛び出してきた。やはり辛抱が出来なかったのだろう。
ところが・・・。
「なあなあ、星野監督が辞めんねんて〜。今テレビのニュースで言うてたわ。」
写真を撮るのに夢中だった私、
「今そんなこと聞いてる場合やないねん。・・・ ・・・。ん? 今なに言うた?」
いやはや、我々はなんと愚かな夫婦なりや。早くもお日様は雲海の帯から抜け出し、強烈な光を投げかけだしていた。
急いでホテルの裏側へ回り王ヶ頭へ。雲海の上に北アルプスの峰々が美しく整列し、柔らかな朝日を浴びて輝き、おはよう・・・とさわやかに挨拶をしてくれている。素晴らしい眺めにしばし動けず。うっとり・・・。

元の場所に戻ると早くも雲は消え広い美ヶ原には本来の草原が広がっていた。あれは牛さんたち? と言うことは君たちはこの寒さの中、それも雲海の下で一夜を過ごしたということ?
霜も解かされ水滴となり、その水玉たちに覆われた草原が高く上った太陽に照らされ、キラキラと光っている。まるで海が輝いているようだ。
「きれいやな〜。こんなん初めて見たわ。」
8時30分の送迎バスで山本小屋へ。車は夜露に覆われていたらしいが早くも半分ほど乾いている。太陽の光に当たっていると寒さはさほど感じない。カミさんがお土産を物色中きれいにふき取り、いざ松本へ。
ホテルの人は扉峠へ戻るより武石峠から美ヶ原スカイラインが紅葉もきれいだと教えてくれた。ほどなく美ヶ原高原美術館。広い空間に子供の遊園地のようないろいろな物体が並んでいる。これが彫刻? これが芸術? 立派な美術館だが我々には全く興味のない世界である。こんなところに何だか不釣合い? だがそんなに違和感はない?
ところが少し走ると通行止めの看板が現れた。工事で15日から通れないらしい。ホテルの人ももっと確かな情報を教えてくれないと・・・知らなかったでは済まないだろ? そう言えば他の件で聞いた時のフロントの女の子は忙しいのもあったのだろうが、何だか無愛想だったっけ。仕方がない、Uターンしよう。
紅葉の舞台は扉峠で第三幕が切って落とされた。第一幕、第二幕の華やかな舞台とは少しばかり趣が異なり、黄色が中心の世界が広がっているが、これはこれで見事な眺めである。特に白樺の木が美しく色付き、何ともいい感じ・・・。
それにも増してこの幕の照明さんは見事な腕前で、この光に当たればどんな役者でも名優にしてもらえる。もちろんヘボチョコカメラマンにとってはこれ以上の贈り物はない。青い背景に白く浮かぶ半月がまたいい小道具ではないか。
遥か上方に王ヶ頭ホテルとテレビ塔を中心に美ヶ原の広い台地が眺められる。先ほどまであんな所にいたのか・・・何だか不思議な気分である。
松本市内は通過。一路第四幕が待つ安房峠へ向かう。
今までいろいろ知らない道を走って思うことに交通標識の見難さ、不親切さ、これ何とかならないものだろうか。街路樹に隠され見えない標識は論外として、暗い道では見にくい標識も多い。照明版が高くつくなら蛍光塗料にするとか何とか方法はないものか。大型車限定の標識も補助標識で区別されているが標識自体を普通車と色分けするとか、もっとわかりやすいように工夫をする余地は十分あると思うがいかがなものか。
一度時間帯一方通行違反で捕まったことがある。不注意と言われればそれまでだが始めて走る道、小さな字の補助標識、その上街路樹の葉が茂りわかり辛かった。その他、時には一目では見られないような複数の標識が、それも6つも7つも・・・これでは渋滞覚悟で車を止めてじっくりと見るしか対策はないではないか。これは小型車用の標識、これは大型車用の標識、またこれは特殊な規制の標識です・・・と何か特徴がある標識であったならわかったかもしれない。
それとせめて幹線道路にはわかりやすい表示にして欲しい。地元の人にしかわからない地名を記されても意味がない。遠くから来て初めて走る道に戸惑うドライバーも多いはず。ウロウロして交差点を通り越し、国道××線の青い補助標識にホット胸をなでおろしたことが度々あるのは私だけだろうか?
今日も松本市内を抜け国道158号線へは松本インターチェンジを目指せば間違い無いはずが、出てくる標識は松本城とあとは知らない地名ばかり。松本駅の標識を見てとりあえず向かった。それが正解であったらしく、やがて松本インターチェンジへの標識。ところがその標識に従い右へ回ると次の大きな交差点には直進は松本駅、右には上田と出てきたが松本インターチェンジの名前はどこにもない。慌てて地図を広げると松本駅を右に回りすぐ左へ行けば国道19号線に出るとわかり、駅を曲がると左長野道との標識。ならば先ほどの交差点にもなぜ表示をしてくれないのか。
知っている人に標識などいらない。初めて走る知らない者にわかるような標識でなければ意味がない。それと最初は松本インターチェンジでなぜ次は長野道なのか、長野道には近くに塩尻北インターチェンジもあるではないか。
もっと走るものに優しい標識にして欲しいと思うのは贅沢? そして私だけ? あっ、そうか。業者と結託し、もっとカーナビを普及させるため、わざと不親切な標識にしてある? いずれ天下り先候補の一つ?
国道158号線は観光バスも多く通行量はかなり多い。やがて沢渡を過ぎ、観光バスは上高地方面へ。他の車は平湯方面へ。私はなお安房峠を目指し旧道を登って行く。
第四幕の幕開けである。もう何も言えない。今回の旅のエピロ−グにふさわしい舞台が繰り広げられていた。
大道具さんもこれ以上の仕事は出来ない。真っ青な空。澄み切った空気。この舞台を盛り上げる素晴らしい雰囲気。ペンキの色ももはや使い果たした。これ以上何をなすべきなのか?
なのにこれでもか・・・と駄目押しの一打。穂高連峰が現れた。いやこれはどちらが主役かわからない。まずは前穂高の雄姿。前回見たときは雪を被っていたが、目の前にはごつごつと岩がむき出し、凄みを感じる青黒い三つの峰が迫っている。
そして、それを取り巻く青い空とカラフルな舞台装置。次には奥穂高も加わり、迫力を増してゆく。なお名脇役の噴煙を上げた焼岳の登場。舞台はクライマックスを迎えようとしている。
やがて安房峠を過ぎ、やや小さくなった穂高連峰の最後の姿が消え、舞台の幕は下ろされた。
平湯の周りの山も結構いい感じ。五平餅とみたらし団子が今日の昼食。何か胸が一杯で、これで十分である。それとカミさんはお決まりのソフトクリーム。
名舞台の余韻を徐々に冷ますように平湯大滝へ、
そして朴ノ木平のコスモス畑にも・・・。
高山からはまだ紅葉には早い飛騨せせらぎ街道を経て、郡上八幡から東海北陸道を利用、9時過ぎに帰り着いた。
盛りだくさんの充実した行程に、
「思い切って出かけてよかった〜。」
とカミさんも大満足。またまた不謹慎であるが、あの事故のおかげ? いや、これは失言。亡くなられた方のご冥福をお祈りしたい。
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